最近、Macの寝起きが悪い。起動後、「ちょっと待ってね」とカチカチカチカチカチカチカチカチ。人間も寒いがMacさんも寒いのだ。早く暖かい家に住みたいね。
昨日は最後の4回目の契約を行った。タイル、木製建具、照明、クリーニング。今回最も印象的だったのがタイル屋さん。ほとんど言葉をかわすことはなかったが、職人オーラを出す存在感のある人だった。
契約後、打合せを行ったが、その中で建築家より床材についての説明があった。今回床材も杉を使用する。その張り作業は今週から始まっているが、使用している杉材の節の埋め加工が思ったより多いということだった。節の埋め加工は死節や抜け節に節木を埋め、抜けたり、破損をふせぐもの(節木生産会社)。実際に現場から持ってきた床材を見せてもらったが、加工している節はなめらかだが目立つ。これがたくさんあるというのはかなり違和感がでるように感じられた。
建築家が材を入れた業者に確認したところ、最近では節埋め加工がかなり増え、小さな節でも埋めてしまうのだそうだ。理由は痛んだ節でストッキングがやぶれたり、抜けて穴があいたりとクレームが多くでることにあるらしい。
最近無垢のフローリングをしても節のない材でと希望する人が多くいると聞く。感覚の違いだろうが、その方が美しいと感じるのだそうだ。節は木が枝をのばしていた部分。節があるということは枝をはり、木が木であった証拠だ。それをなぜ避けるのか理解できない。
私は一緒に年をとってくれる家を望んでいる。人工のもので固め、汚れや破損以外の経年変化の見えない家は嫌だ。年を重ねるごとに変化をし、味わいと力強さを増していく家がいい。古いお寺や神社のように。節の抜けや痛みもまた経年変化として味わいを出してくれるような気がしている。建築家の事務所で実際抜けた穴を見せてもらったが、黒く味わいの出た板の中にぽっこり節の形をした穴、こんな穴は絶対人工ではつくれない、とてもいい感じのものだった。
節たちもすぐに生活の一部になってしまうに違いない。毎日歯磨きのときに見つめる節、階段をのぼるときに見る節、ゴミを捨てるときに目に入る節。そんな節がある日突然抜けたら、おもしろいではないか。そんな風に楽しみたいのだ。
ただし、美しい経年変化を出すためには我々の手入れも大切だ。古いお寺が美しい木の色を出しているのは小僧さんたちが毎日磨いたためだろう。寒い日も暑い日も。大工さんが板の色を見ればどれだけ手入れをしているかすぐわかると言っていた。手の届く範囲に布を置いておき、テレビを見ながら軽くなでるでも違うそうだ。いつも同じところではムラがでてしまうが。
私は節でストッキングが伝線したと騒ぐレディより、毎日床を磨く小僧さんを目指そうと思う。
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