8月末、長かった土地探しがやっと終わった。
売買契約は借り入れを行う銀行で行われた。売り主、売り主の不動産屋、我々、我々の不動産屋、司法書士が出席。銀行が準備した用紙に名前を書いて、印鑑を押して終了。これで土地が我々のものになり、家づくりは後戻りができなくなった。
9月に入るとご近所に挨拶にまわった。実はこの土地を買う一番の後押しになったのはご近所の方との出会いだった。まだ土地を買うかどうか最終的な決断をしていないある日、やってくると、隣のアカシヤの畑で作業をするお隣さんを見つけた。この土地を訪れるようになって初めて出会う「ご近所さん」だった。雑草をかき分けて近づき、思い切って声をかけてみた。
「この土地を買おうかと思っているんですけど」。
「それは、それは。こんな田舎で若い人は嫌って出ていく人もいるけど、ほらっ、ウグイスの声が聞こえるでしょ。静かでとてもいいところなんだよ」。
これが今でもとてもお世話になっているお隣さんとの出会いだ。人との関わりを持って暮らしたいと思っていた私にこの出会い、この言葉はここで暮らす決心をさせたのだった。
土地の契約の前に、住環境研究所との契約は既に終わり、総予算の確認、おおよそのプランなど打合せが始まっていた。
家づくりに当たり、我々がどうしてもほしかった部屋がある。家人の「音楽室」だ。それまで住んでいたマンションではピアノが私の寝室の枕元にあった。仕事から帰った家人がピアノを弾き始めるとすぐに私の就寝時間になる。音は出さないが、鍵盤をたたく音、ペダルを踏む音で眠れない。家人が自由にピアノを弾き、私はそれを気にせず眠るために音楽室がほしかった。
雑誌で音楽室を調べると、「地下の音楽室」を紹介しているものがあった。「地下室」。これが実現できないだろうか。
予算が厳しいことはわかっていたが、恐る恐る「地下室」を切り出してみた。「土地の形が特殊なのでおもしろいかもしれませんね。基礎の部分が部屋になる半地下みたいな形で。地下室はやったことがありませんが調べてみましょう」。意外にも良い反応。うれしくなる。
しばらくして地下室を含んだ最初の案が出て来た。軒の深い片流れの屋根の下に、広いベランダ、四角い箱型の家。中は地下の音楽室、1階の吹き抜けのリビング、水回り、2階にそれぞれの個室。この後、お互いに意見を出し合い、紆余曲折はあったが、最終的に一番最初に出たこの案に戻る。テーマは「シンプルな美しさ」となった。
室内はなるべく塗装を少なく、木を見せるように希望した。全てを木にしても良いと思っていたのだ。しかし所長から「少し白が入ると、より木が引き立つ」と説明された。今できあがってこの説明は正しかったと実感している。少しの白い壁が明るく木のやさしさを引き立てている。
冷暖房機器はそのころよく雑誌で取り上げられていたPSを希望。しかし見積もりを取ってみると、とても実現できる価格ではない。他にはこだわりがなかったので、予算を考えるとFFでも良いと思っていた。すると所長から「薪ストーブはいいですよ」と提案された。家人は「薪がたいへんでしょう」と拒否反応を示す。それでも暖房の話になる度に所長は「薪ストーブはいいですよ」と繰り返す。その静かな繰り返しに知らず知らず我々も「薪ストーブ導入」という気持ちになっていった。今からすると薪ストーブは機能面だけでなく、デザイン面でもこの家になくては欠かせないものだと思う。薪ストーブがどっしりリビングに構えているおかげで、この空間が引き締まり、落ち着きを生み出している。
また、照明は空間を考える上でとても重要なものと考えていた。こだわったのはハロゲン。暖かい光を出し、木の床や壁にとてもマッチする。リビングの照明は特に時間をかけて検討した。最初は天井からつり下げるペンダントタイプを提案されたが、器具が目立ちすぎる。器具は目立たない、あることを感じさせないものがいい。そんなとき雑誌で見かけたのがワイヤータイプの照明だった。梁の間にワイヤーを渡し、その間に3つの器具。器具は位置を自由に移動させることができ、ほとんど存在を感じさせない。見積もりも取ると、実現可能な範囲だった。
ショールームを巡り、キッチン、風呂を決めて行った。キッチンはできるだけシンプルなものがいい。家の中の空間の色は木の色、薪ストーブの黒、塗装壁の白、そしてシルバーと決めていたので、キッチンもステンレスのもの、余計の色がないものを検討した。当時フレームキッチンが出始め、雑誌などで紹介されていたが、この地域ではショールームに置いているところは少なかった。TOTOだけがショールームの入り口にフレームキッチンを置いていた。余計なもの、余計な色がない、「シンプルな美しさ」がある。これで決まりだ。
決めていく作業は楽しいが、とても疲れる。その作業も終わり、いよいよ運命の見積もり金額発表。設計を始めてから8ヶ月が経っていた。(敬称略)

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