いつも拝見するドッグサルベーションさんのブログで話題にあげられていたノーリードのお話。そして今日まあるさんのブログでのノーリードだったための悲劇。
お散歩中、または公園などでリードを離す飼い主さんの理由は「犬を自由にさせてあげたい」「うちの子は大丈夫だから」等々なのだそうだ。犬を自由に?うちの子は大丈夫?すごい自信。
ビーちゃんはお散歩中、横についてリードがゆるんだ状態で歩くことができる。リードはときどきビーちゃんがいないのではないかと思うほど軽い。お散歩コースはほとんどが人も車もいないところ。でも決してリードは放さない。
またビーちゃんは私と違う空間にいること、5m以上離れることを嫌う。が、我が家の庭は塀等で囲まれていないため、庭で遊ぶときもロングリードをつけている。必ず目の届く範囲にいるように気をつける。
「犬の自由」を尊重するノーリード、オフリードが平気な飼い主さんにすれば犬がかわいそうと言われるかもしれない。しかし、私にはリードを放しビーちゃんの安全を100%保証できる自信がない。予想できない出来事がいつビーちゃんに危険をもたらすかわからない。
リードがあることでビーちゃんが「自由がない」と悲しんでいるかと言えば、そうとも思えない。だったら、危険な自由を与えるより、命綱であるリードをしっかり握り、危険にさらさない方を選びたい。

















コメント
私も同感です。ねぎさんには、例え河川敷で遊ぶ際でもノーリードには絶対しません。今後も。確かに、犬が元気よく広い敷地で遊んでいる光景は平和そうで一種の「自由」かもしれません。しかし、「もし」ということは犬だけではなく、人間の子供も、そして人間の大人にだってあることです。ましてや、人間社会で生活するわけですから、ある程度の危険予測ができる人間がリードする=守ってやることは必須だと思います。
投稿者: タッチー | 2007年11月13日 08:34
タッチーさん、文章がおじょうず。そう、私が言いたかったのはそうなんです。人間社会の危険を犬が人間のように理解することはできません。だから飼い主が守ってあげなくてはいけないのだと思います。飼い主のマナー違反、ルール違反のつけを払うのはほとんの場合、動物たちです。
もし犬がリードなしで自由に走り回る姿をみたいなら、今は「ドッグラン」という施設があります。でも本当に飼い主から離れて自由に走り回りたいという犬はどれくらいいるのでしょうか。ビーちゃんも先日初めてドッグランに行きましたが、私の後をついてばかりでした。
投稿者: maki | 2007年11月13日 09:16
リンクをありがとうございます。
犬の安全のためにはもちろんですが、犬の嫌いな人も共生する社会の中で、ノーリードがどれほど迷惑で脅威につながることであるのかも考えていかなければならないと思います。犬を社会からはじき出すのは、マナーの無い「愛犬家」なのですよね・・・。
投稿者: まある | 2007年11月13日 13:47
そうですね、犬好きが犬嫌いをつくると言われるように。うちの家人も犬が苦手でした。大人しいという犬でも近づくと逃げていましたから。苦手な人には大人しいとか小さいとかなにも関係ないんですよね。犬だけでなく、自分は平気でも他の人はそうは思わないこともあるということをちゃんと意識しておかなくては。
今日初めて県愛護管理センター主催の「動物ふれあい訪問活動」に参加しました。短時間でしたが、ビーちゃんも私もくたくた、疲れました。
投稿者: maki | 2007年11月13日 15:29
前にも話しましたが
人間の考える犬の自由は 犬の不自由である!!
この言葉につきると思っています
皆さんがおっしゃられることが まだまだ理解されていない日本なのですよね!
投稿者: nagai | 2007年11月13日 21:11
はい、肝に銘じて。
そういう方たちには「自由」という言葉を使ってほしくはないです。
投稿者: maki | 2007年11月13日 21:52
コメントを投稿
(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)