家づくりから始めるスローライフ

土地選びから始まったスローライフ日記

2008年04月02日

大工さんの修理

日曜日は2年目点検で気になったところの修理をするために大工さんがやってきた。主な修理箇所は木が動いてできてしまった隙間。大工さんが思っていたほど動いたり、割れたところは少ない。一番心配していた階段は全く問題なし。

まずは天窓から空気もれがするので、その箇所をふさぐ。

台所の垂れ壁。一番反りが気になるところ。反ってできてしまった隙間。

きれいに削る。

台所のタイルとの隙間。

コーキング。

つけ方が甘かったトイレットペーパーホルダーもネジを締めてもらった。

大工さんの脚立のカバー。なるほど、こうすれば簡単。

これからはそれほど木が動いたり、割れたりということもないそうだ。

帰り際、玄関ドアを見て「こういうドアは最初は毎年塗った方がいいね。4月か5月に塗るといいよ」。完成してからメンテナンスを全くしていないドア。今年は塗らないと。

ともう一つ。不動産屋さんに朽ちるまで置いておくものだと言われていた地鎮祭のお札。「これはちゃんと神社に返さなくちゃいけないよ」。以前来たとき、テレビの前に置いてあったお札を見て、「お札は人より下にあってはいけない」と注意された。「こういうのは気になってね」という大工さん。家のことはもちろん大切なことを教えてくれる。ありがとうございます。

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2008年02月24日

2年目点検

昨日は建築家による2年目点検が行われた。2年で保証期間の終了するものもある。

外回りから始まり、家の中では梁や壁、窓周り、備品などなど。予め我々の気になるところをかき出しておき、それも見てもらう。気になっていたのは温度変化により木が動き、隙間ができたり、反ったりしたところ。特に垂れ壁の梁はかなり反っている。また玄関ドアのドアノブが緩んできたこと、トイレットペーパーホルダーの止めがゆるんで傾いていること、引き戸の動きが鈍いこと、コンクリート部分のヒビ、昨年大工さんの1年点検のときにも見てもらった台所の幅木のシミのこと、そして浄化槽点検業者から指摘された浄化槽ホースの取付具のこと。

コンクリートのヒビ、台所の幅木のシミは問題なし。その他の部分については大工さん、建具屋さん、浄化槽屋さんに見てもらうことになった。

すべての点検におつきあいのビーちゃん。浄化槽のところでは一緒に真剣に話を聞いていた。「私のお家は大丈夫でしょうか?」

その後は完成記念会を行っていなかったこともあり、初めての昼食のお食事ご招待。薪ストーブで炊いた里芋の煮物、同じく薪ストーブで焼いた豚肉、ゆで野菜、漬け物、落花生ご飯。野菜はほとんど自家製。

「思っていたような生活が送れていますか?」と建築家が質問。正直に言えば、今のような生活は考えていなかった。薪集めに山まで出かけ、耕耘機で畑を耕し、地域行事を楽しみ。街中で暮らしているときには想像することもできなかった。暖かく快適に過ごせる家、自然を感じ楽しむ暮らし。ここに家を建ててよかったと思う日々である。

しかし、近頃、法の規制が厳しくなり、我が家のような家は建てられなくなってきているらしい。RCの部分のチェックが厳しくなり、構造設計に手間がかかる。検査代もかなりかかる。また薪ストーブで天井を野地板にすることはできなくなったとか。一からオーダーメイドの家は建てにくくなってきている。日本の家はハウスメーカーのおんなじような家になってしまうのかな。

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2007年12月15日

ステンレスワイヤー手摺

ビーちゃんがベランダから落ちて半年。ずっと悩んでいたベランダ対策。今日ようやく手摺工事が行われた。

ワイヤーと取付金具。

手摺の柱に穴をあける位置に印をつける。125mm間隔で5本のワイヤーをはる。

穴をあけたときのカスが巻き散らないための養生。

ドリルで穴あけ。これが一番たいへん。9mmのステンレスの柱8本に合計40個の穴をあける。最初に小さな穴をあけて大きくする。小さな穴をあけているところ。2個あけるとドリルの先端がだめ。6本ほどの先を交互にとぎながら。ときには先が折れて柱にささってしまうことも。

完成した穴。

穴に金具をつける。

金具にワイヤーをつける。

ワイヤーを柱の穴に通す。

反対側の金具にもワイヤーを通し、締める。

そして完成。

庭から見たところ。

リビングから見たところ。

ワイヤーが庭の風景の邪魔になるどころか、庭の引き立て役になっているような。とてもかっこいい。つけてよかった、もっと早くつければよかった。

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2007年12月01日

フロアコンセント

先日家人がつまづいて壊してしまった食器棚横のフロアコンセント。電気屋さんに丈夫なアルミダイカストのものに変更してもらった。リビングのフロアコンセントは2つ。こちらが樹脂でこちらがアルミという統一感がないのは嫌だったので、テーブル下のコンセントも一緒に変えてもらった。

アルミのシルバーが床の杉板とマッチして良い感じ。

今度つまづいたら足がかなり痛いだろうな。

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2007年11月14日

年末調整

この季節恒例、年末調整がやってきた。書類が家人のカバンの中に眠っていたため、金曜日が締め切りにもかかわらず、書類をもらったのが今朝。

今年から住宅ローンの特別控除を申告しなくてはいけない。申告書は今月初め、5年分まとめて税務署から送られてきている。これに年末借入残高等を記入して会社へ提出するのだが、銀行から残高証明書が届いていない。急いで銀行に連絡すると昨日今日で発送するという。名前を伝え、発送したかを確認したところ、まだらしい。「明日までにほしいんですけど」というと「郵便で明日着くかな?担当者に連絡しご連絡します」という返事。昼前、担当さんから電話があり、すぐに持ってきてくれることに。ありがたい。

昼頃、担当さんが証明書を持ってやってきた。ついでに定期お願いしますとか、車のローンはいかがですかなど営業の話があるのかなと思っていたが、書類だけを置いて去って行った。さわやかな営業さん。

残高を税務署から届いた申告書に記入し控除額を計算して完成。

また、今年から地震保険の控除もできたらしく、こちらも保険会社から今月初めハガキがきていたので、これに記載されていた金額を転記する。後は家人の押印のみ。

今朝書類を渡されたときは気がどーっと重くなったが、意外と簡単にできてしまった。ほっと一安心。

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2007年10月09日

机を動かすとそこには。。。

ビーちゃんのハウスが今までのものより大きくなり、通路が狭くなったので、ケヤキの机を少し移動した。するとその後にはくっきりはっきり、足の跡。

完成から1年半。床材の色はこんなに変化していたのか。今ではすっかり白太と赤味の区別はなく、色が濃くなり艶が出てきた。年月が経てばもっと深みのある良い感じになっていくのだろう。ちゃんとみがいていかなくては。

リビングの床にはケヤキの机の下とカウンターの横に床に埋め込み式のコンセントがある。特にカウンターのコンセントにはよく足をぶつけるのだが、とうとう昨日、家人が足をぶつけたとき、コンセントのカバーが破損してしまった。もう少し丈夫なコンセントカバーにしておけばよかった。

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2007年09月10日

ベランダ手すりを考える

ビーちゃんが落ちて以来、懸案事項となっているベランダ手すり。大工さんの1年点検の際提案してもらった12cmの杉板を2段という方法で固まりかけたが、12cmの板では存在感がありすぎるのではないかと心配になり保留になっている。

土曜日にデザイン面からの意見をもらいたく建築家に訪れてもらった。我々の希望はワイヤー手すり。一度見積もりを取ってもらったことがあるが、それは強度がなかった。せっかくつけるのだからビーちゃんがよりかかったくらいでたるんでしまうようなものでは困る。ちゃんとした強度があり、外観もすっきり見せるものというのが条件だ。

私たちの候補として雑誌で発見したHeartland Engineeringのものはどうかと提案してみた。現在の手すりは柱部分は無垢。この手すりは無垢に穴をあけるものなので、つけること自体は可能らしい。とりあえず、この線で検討してもらうことになった。

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2007年07月23日

大工さんの1年点検

土曜日は大工さんの1年点検が行われた。お会いするのは1年半以上ぶり。以前と全く変わらない大工さんはそんなに会っていないとは思えない。完成してから訪れたのは初めてで一眼レフのデジカメを手に我が家の撮影。ホームページが完成したので、そちらに掲載してもらえるかな。

大工さんには以前から気になっていた流しの下の水が垂れてしまう幅木と床板の部分、梁や柱の割れと反り、建具や階段の反りやずれ、そして先日雨漏りをした天窓付近を見てもらう。

一番気になっていた流しの下の部分。いつもぬれているような感じで、幅木や床板がカビのように黒くなってきている。

こちらはまずどこの水がぬらしているのかをチェック。壁の中からなのか、ただ流しの上から落ちてくるだけなのか。それを調べるために流しの垂れてきそうな部分に乾いた雑巾を置いてみる。これでぬれがおさまれば単に流しからの水が垂れているだけ。もしおさまらなければ壁の中からしみ出しているということ。様子をみることに。

梁や柱の割れや反り、建具や階段の反りやずれはもっと出ているかと思ったというほどだった。これくらいなら問題ないそうだ。また階段もスギの一枚板なので、もっと反りがでていたり、割れがあるかと心配していたそうだ。

ただ建具はすべりが悪くなるので、対策の仕方を教えてもらう。狭くなっている建具と壁の間に新聞紙などを入れて2、3日置く。そうすると隙間が大きくなりすべりがよくなる。また、レール部分にロウを塗るのも効果があるそうだ。

もう一つ、前々から疑問に思っていた垂れ壁の下にある穴についても聞いてみた。

これは垂れ壁をボルトでつないでいるのでそのボルトをしめるための穴なのだそうだ。よく見ると穴の中にボルトの頭が見える。用心のため、何年かしたらボルトが緩んでいないかチェックする。なるほど。

全体を見て特に問題の箇所はなく、「木が良い色になってきた」と言ってもらえた。建築中から「木はとにかく磨くこと」と強調する大工さん。だから我が家では掃除機は使わず、箒と水拭き。だが、今回柱や壁もやらなくてはと言われてしまった。無垢の板、特に国産のスギやヒノキは水拭き、ワックスより水拭きなのだそうだ。水拭きすることにより、傷はある程度戻る、角が丸くなり、艶が出る。5年、10年たつと、その違いがはっきりわかるそうだ。がんばらなくっちゃ。

最後にベランダの落下対策の相談。幅10cm、厚さ3cmの板を2枚渡すことになった。またベランダをビーちゃんが自由にできるよう入り口部分には扉もつけてもらうことに。実際板を置いてシミュレーションしてみたが、さほど視界は遮られない。

大工さんの話を聞きながらあっという間に時間が過ぎてしまった1年点検。「おかしいなと思ったら、大工仕事以外のことでも何でも言ってください、先日の雨漏りのところもすぐに見ればわかることもあると思います、近いのだからすぐに来ますよ」とうれしい言葉。完成してからの方が長い付き合いになる家づくりの業者さんたち。私たちの家づくりの成功はこの業者さんたちだったからこそ。良い人たちにめぐりあえたとつくづく思う。

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2007年07月20日

天窓から雨漏り

朝方4時頃、風雨が最大最強だった先日の台風。成長したホウズキを守るため、コータくんのお父さんとお母さんは真っ暗な3時から8時頃まで畑で作業をしたそうだ。お隣のアカシアもそのころ倒れたと見られる。

家人が朝起きると、2階へあがる階段の2カ所に水がたまっているのを発見。上を見上げると天窓のところから水が垂れた後があり、梁にシミができている。今までの大雨や去年の台風でもこんなことはなかった。急いで建築家へ連絡。

そして昨日、板金屋さんと住環境研究所のharuさんが確認に来てくれた。板金屋さん家の中から確認後、屋根にあがり、シーリング剤で境目、重なりの部分など怪しいところの処理をしてくれた。それまでの台風でもなかったことから、巻き上げた風と雨が重なりの下の部分から入ったか、可能性としては天窓の軸部分の構造の問題もあるかもしれないということだった。とりあえずは今回の処理で様子をみる。

haruさんも久しぶりに訪れてくれたので、改善したい点をいくつかお願いする。一つはベランダ横に水道がほしいということ。当初の計画では畑でとれた野菜や農機具はピロティの水道で洗うよう考えていたが、畑が上にあるため、いちいち下に降りて洗うのは面倒。そのままベランダから台所に入り洗っていたが、土がたくさんついたものはやはり外で洗いたい。見積もりをとってもらったところ、思ったほど金額がかからないようなので実現できそう。

もう一つはビーちゃんが落ちたベランダの手すり。一度ワイヤーをはることで見積もりを取ってもらったが、高額なのと、強度がないことから保留。リビングからの景観は悪くなってしまうが、大工さんに板で落ちない程度の高さの手すりとウッドデッキ風の床を作ってもらえないかと相談することに。明日早速一年点検をかねて大工さんが訪問してくれることとなった。大工工事が終わって以来、お会いしていない大工さん。ビーちゃんの引っ掻き傷がたくさんできてしまったこの床をみて何と言うだろうか。みがいておかなくては。

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2007年04月26日

ベランダ対策

昨日、住環境研究所の所長&スタッフHさんがベランダ対策の検討に来てくださった。ちょうどビーちゃんもお散歩から帰って足ふきをしていたところだったので、一緒にお出迎え。対策を検討しているところをお座りしながら見学。

我々の希望としては安全性は確保したいが、今のすっきり感、リビングからの庭の眺めを壊したくない。最初は板を下に貼るという話も出たが、結論は下から4mm程度のワイヤーを貼るとことに。方法、材料などを検討してくださることになった。

このような対策、お忙しい二人に相談してどうだろうか、自分たちでできるだろうかと思ったりもしたが、快く相談にのってくださり、わざわざ遠いところから来てくださった。建築家を選ぶとき、やはり何でも気軽に話ができるというのは重要な要素である。「こんなこと言って大丈夫だろうか」と思って言えなければ、家づくりもうまくいかない。そのとき、言えるか、言えないか、それは信頼度に関わっている。家づくりは完成して終わりではない。住んでいけばいろいろなことが起こり、相談しなくてはいけないことが多々出てくる。家がある限り建築家とつきあっていく、そんな長いつきあいができる人を選ばなくては。

1年たち庭も雑草だらけ、家の中は畑から帰って急いでお散歩に出かけたので乱雑、ちょっと恥ずかしかったかな。

昨日のお散歩でコータくんのお母さんからピンクのシャクヤクをもらった。赤いシャクヤクは豪華、ピンクはとてもかわいらしい。

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2007年03月12日

住宅ローン控除

住宅ローン控除の申告へ行って来た。ここのところ何かと忙しく、しかも不得意分野なため、なかなか手がつけれず今の時期になってしまった。どうしても今年、今の時期に申告しなくてはいけなものではないようだが、今なら相談窓口もある。世間の流れに乗って、遅くなったが、申告へ作業にとりかかった。

国税局のサイトから申告書を作れるのだが、これは自分で計算しなくてもよいので便利。年末調整や銀行の借入金残高証明の金額を転記するだけで、自動的に数字が書き込まれた書類ができる。普通ならこれをプリントアウトし、書類を添えればそのまま役場などで投函できる。

が、我々は特別控除を受けているものがあったため、申告書作成コースから外れてしまった。また、オープンシステムのため、トータルの金額を記載した契約書がないため、添付書類に迷いがあったため、相談窓口を訪れた。

昼過ぎに相談窓口会場に着くと駐車場はいっぱい、会場も待席は満杯。1時間ほど待たされた。待っている間、相談している人の様子をみると、提出書類など全く持って来ていない人もいる。即出直しである。これだけ時間をかけて来るのだから、予め勉強してくればよいと思うのだが。時間の無駄遣い。

しかし、税務署の説明書きもわかりにくい。「登記事項証明書のような」と書かれているが、これはほとんどの場合「登記事項証明書でなければならない」。また「契約書のような」は「契約書を持ってこい」ということだ。だったら、はっきり登記事項証明書や契約書と書けば良いのに。また提出書類が多く、役場、銀行、法務局、近くにあればよいが、我々のような田舎だとそれぞれの移動だけで時間を取られてしまう。何とかならないものか。

と言ってもこれで家関係の手続きは終わり。もうこのような申請をすることはないだろう。

本日のおまけ。ご飯を待つビーちゃん。もう少しピリッと。かわいいけど。

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2007年01月31日

もうすぐ1周年

もうすぐここへ越してきてから1年が経つ。古い記憶は深く刻まれ、新しい記憶は忘れやすいという脳の構造上、3月の上旬だったということは覚えていても3月の何日だったかということが思い出せない。というより、ここの生活にどっぷりつかっているため、まだ1年とは思えない。ここで暮らす前どんな生活をしていただろうか。

この家で生活して、良かったと思うことはたくさん紹介してきたが、失敗だったと思うこともいくつかある。まずコンセントである。雑誌などでコンセントはたくさんつけた方が良いと書かれている。我が家でも掃除のことを考え、かなりコンセントをつけた。だが、1年経って今だ1回も使われていないものがたくさんある。当初は掃除機を使用することを考えていたが、掃除は箒とぞうきんがけ。計画とは違ってしまった。

だが、コンセントは邪魔にはならないし、将来使う可能性もある。それに比べ、邪魔になり、つくづくなければよかったと思うのが、ピロティの流しである。最初、ピロティでは畑で採れた野菜を洗ったり、農機具を手入れしたり、犬を飼ったとき足や身体を洗ったりしたいと思っていた。しかも犬を洗うときには水だけではかわいそうだからとお湯まで出るようにした。しかし、すっかり薪置き場を化したピロティでこの流しは全く使われることがない。野菜や農機具を洗うのは雨水タンクの水で充分だし、ビーちゃんは美容院へ通う。流し台はすっかり物入れとなり、ここで水が使われたのは以前建築事務所のharuさんに「手を洗わせてください」と言われお貸ししたその1回のみである。これがなければもっと薪が置けたのにと思うばかり。

計画中はあれもこれもといろいろ考えたが、特に「あれがあったらよかったのに」と思うものはない。1年住んでみて思うのは「やはりこの家は良い家だ」ということだ。

ハロゲンのワイヤー照明は自慢の一つ。垂れ壁の上はハーブを干すスペースに。

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2007年01月20日

ノンロット205のダークオークで塗装した外部木部。だんだん薄くなるといっていたような気がするが、何となく濃くなったような気がするベランダ軒裏。青空とも外壁の黒のガルバリウムともよくマッチしている。

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2006年09月20日

写真公開

先日撮影した写真ができてきた。さすがプロ!雑草もひとつの風景にきれいにおさまっていた。今まで撮影が難しかった地下室や階段もお見事!撮ってもらってよかった。

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2006年09月15日

自然にやさしい家

地球の温暖化が問題になり、「環境にやさしい」「自然にやさしい」ということがさかんに言われるようになった。家づくりでも「人と自然にやさしい家」というのが流行だ。

「人と自然にやさしい家」というと太陽光発電、自家風力発電、オール電化ということを思い浮かべる人が多いように思う。ハウスメーカーのチラシなどをみても、そういったものを売りの一つにしているところが多くなった。電力を自分で作れば光熱費もかからず、余った電気は電力会社へ売れる。少し高額になっても設備を入れておけば、自然にやさしく、後々とってもお得ですよ、というわけだ。

確かにそのような設備を入れ、太陽光や風力で電気をつくるのは自然にやさしいことかもしれない、しかし、そればかりが自然にやさしいのではない。自然・環境にやさしいというのは無駄なエネルギーを使わないことだ。直接的、間接的なエネルギーを極力抑えること、そういう生活をする、そういう生活ができる家が自然・環境にやさしいということではないだろうか。

我が家は自家発電する設備もなく、オール電化でもない。唯一雨水を利用するタンクがついているくらいだ。

だが、庭には野菜を作る場所があり、できるだけ自分たちで食べる野菜はここで作りたいと思っている。また、地下室以外はエアコンはなく、夏は窓を開けて自然の風で涼をとり、冬は薪ストーブ1台で暖をとる。そうじは掃除機は使わず、ほうきとぞうきんである。この床は磨けば磨くほど気持ちよく、掃除が苦手な私でも毎日磨きたくなる。そして、畑仕事や薪割りなど身体を使った仕事が多くなり、朝は早く起きだし、夜は早く寝る。家の中では自然の音が楽しめるので、静かに本を読んだり、居眠りをしたり。テレビをつけることは少なくなり、消灯も早い。

これが私たちの生活だ。どこにも無理がなく、毎日のあたり前の暮らし。これが少し自然にやさしいと思っている。戸だてにすると光熱費が増えるという話を聞くが、電気、ガスともマンションのときより減っている。

お尻は右、顔は左を向いて寝ているビーちゃん。最近はハウスがお気に入り。人間のような大きないびき、そしてクンクンクンととてもよく響く寝言を言って寝ています。

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2006年09月14日

写真撮影

日曜日、プロのカメラマンが写真を撮ってくれることになっていた。住み始めて半年もすると、既に不要なものが増えだし、生活感いっぱいの家になっている。少しでも写真撮影に耐えうる空間を作ろうと、しばらくは掃除の日々が続いた。

当日も朝から大忙し。ビーちゃんのよだれや鼻水がシミになっているところに蜜ロウを塗ったり、余分なものを納戸や雑庫に押し込んだり。納戸と雑庫は足の踏み場もない状態となった。

そうこうしているうちにどんどん時間は経つ。そんな焦りの中、家人が言った「花があるといいね」。そうだ、写真撮影には花だ。農協に買いに行くか。でもこの家には素朴な花がいい。農協にそんな花があるのか。そうだ、コータくんのお母さんに相談しよう。

急いでコータくんのお母さんに電話をし事情を話すと、畑に花を取りに行ってくれるという。すぐにコータくんの家に出向く。用意してくれたのはベロンとトウガラシのようなナンテン。ベロンはこの近隣の農家の多くが作っている。畑に植えられているときは目立たないが、葉をきれいに処理し、花瓶にさすと抑えた色調ながら、とても華やかに見える。コータくんのお母さんは出荷できるくらいの良いものを惜しげもなく、用意してくれた。

ナンテンとベロンとその前の日にもらったトウワタを飾った。買ったものとは違う控えめな素朴な花たちは我が家にとてもよくマッチした。

撮影は2時間ほどで終わった。外観とリビング、地下室、階段。昨日できあがった写真を少し見せてもらったのだが、我々素人が撮る写真とは全く違う。雑誌に掲載できそうなおしゃれな写真になっていた。

この写真はまた手元に届いたときに紹介するとして、我々が撮影した、掃除をして久々にきれいになった我が家である。

室内の写真にはすべで登場したビーちゃん。我が家のスーパーモデルはお疲れのご様子。大好きな肉巻きガムをもらって熟睡中。

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2006年09月13日

どうしてここに(6)

この週末は忙しかった。追加の薪が届いたり、写真撮影があったり、原稿を書いたり。それ自体は大したことはないのだが、それに付属する事柄がいろいろある。おかげで薪は今シーズン十分焚けるほど揃い、写真撮影のための大掃除は久しぶりに広い空間を生み出し、家づくりをまとめた大作ができた。この家づくり原稿はとてもいいできなので、ここでも紹介してみようと思う。

さて、運命の見積もりが出たところで連絡があった。「見積もりが出たので打合せがしたい」それだけである。見積もりの金額等についてはいっさいコメントなし。きっとかなりオーバーしているのだと予想はついた。

打合せに赴くととても暗い表情の所長。実はと出された見積もりは予想を超えるオーバーだった。オーバーの金額は土地代をも上回る。途方にくれる一同。とりあえず話すこともなく、その日の打合せは終了。

ここで我々の家の予算の出し方について説明しよう。まず、二人の総資産を出す。そのうち、いくらを残すかを決める。残す金額を総資産から差し引いた額が自己資金である。そして借り入れ。返済期間を決める。長年、返済に追われたくないので最大15年。次に月々の返済金額を決める。ボーナス返済を考えず、それまで住んでいたマンションの家賃を超えない金額とした。その二つのトータルが土地代を含めた家づくりの資金である。この金額は、現場が始まればあれやこれや付け足したいものが出てくると思われるので、設計の段階では死守すると決めていた。

家に帰っても暗い。二人でどうすればこの金額が減るのか話し合う。そんなところへ住環境研究所から減額案というタイトルのメールが届いた。そこには「これを止めれば、いくら減額できる」という一覧表が添付されていた。それを見てますます落ち込む二人。こんな減額をするなら建てない方がましだと思われた。次の打合せのまでに二人でどうするかを話し合う。出した結論は「クオリティを落とさず、家を小さくする」。

結論を持って打合せに臨む。とりあえず、住環境研究所の意見も聞いてみるが、やはり納得できるものではない。「家を小さくしたら減額できますか?」と切り出した。早速図面を取り出し、いつものように鉛筆でさらさらとラフを描きだす所長。「これくらい小さくすれば」と差し出したのが東西を90cmずつ小さくしたもの。「これでいきましょう」。

家は小さければ小さいほど設計が難しい。建築家の腕が問われる。今回は元から小さいものを更に小さくする。その作業は思いのほかたいへんだった。

一番とまどったのは1Fのリビング。どうしても食料品などを置く雑庫への入り口が作れない。レイアウトをどう変えても解決できない。いらだつ我々。「ここでこうしていても時間が経つだけなので、一度よく考えていいアイディアが出たら連絡をください!」という私。「ここで一緒に考えましょう」という所長。お互い語気が強くなり、険悪ムード。空気がどんどん重くなる。家人はどうしたものかと無言のまま。我々の家づくり船は沈没寸前だった。

そのとき「トイレの奥に雑庫の入り口を作ったらどうでしょうか」。女性スタッフが突然言った。狐につままれたような三人に淡々と説明する彼女。

住環境研究所では一つの物件に一人の女性スタッフがつく。一級建築士の資格を持つ彼女たちは建物が好きでとても研究熱心。また女性ということもあり、細かい気遣い、アドバイスをしてくれる。この沈没しかけた船を救ってくれたのは我々の担当だったこの女性スタッフである。

彼女の説明に三人は拍手喝采。「すごいすごい」を連発する我々に「安藤さんの美術館にそういうのがあったのでおもしろいなと思って」と謙虚に笑う。彼女の建築好き、研究熱心さが生み出したアイディアだった。

重苦しい空気は吹き飛び、反動でいつも以上の明るい活気にあふれた空気になった。その雰囲気の乗って「たれ壁の上も人があがれるといいですよね」と軽く言った所長。「やあ、私もスタッフに負けられない、何かアイディア出さなきゃと思いまして」と満面の笑み。後にこの発言が大工さんをとても困らせることになる。

レイアウトも固まり、再度見積もりを取ることとなった。出て来た見積もりは業者さんの配慮もあり、許容範囲となる。そしていよいよ現場がスタート。その模様は既にお伝えしているとおり。

家を建てようと決めてから完成までちょうど2年。山あり、谷あり。悩んだことも多かった。だが挫折しそうなとき、一緒に考え、とことん話し合ってくれたのが、住環境研究所の所長、女性スタッフであった。この人たちのねばり強いサポートがなければ、この家の完成はなく、今これほど満足のできる生活を送ることはできなかったと思っている。建築家、設計事務所を選ぶとき、アドバイスがあるとしたら、その建築家がどんな建物を建てているのかを見るのも大事だが、その人間性、自分との相性を見ることも重要である。自分の思ったことを言えるのか、それを受けとめてくれるのか、話し合えるのか。それができなければ満足した家は建てられないのではないかと思う。我々の家づくりが成功したのは、こういった建築家との出会いがあったからだと確信している。

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2006年09月08日

どうしてここに(5)

8月末、長かった土地探しがやっと終わった。

売買契約は借り入れを行う銀行で行われた。売り主、売り主の不動産屋、我々、我々の不動産屋、司法書士が出席。銀行が準備した用紙に名前を書いて、印鑑を押して終了。これで土地が我々のものになり、家づくりは後戻りができなくなった。

9月に入るとご近所に挨拶にまわった。実はこの土地を買う一番の後押しになったのはご近所の方との出会いだった。まだ土地を買うかどうか最終的な決断をしていないある日、やってくると、隣のアカシヤの畑で作業をするお隣さんを見つけた。この土地を訪れるようになって初めて出会う「ご近所さん」だった。雑草をかき分けて近づき、思い切って声をかけてみた。

「この土地を買おうかと思っているんですけど」。
「それは、それは。こんな田舎で若い人は嫌って出ていく人もいるけど、ほらっ、ウグイスの声が聞こえるでしょ。静かでとてもいいところなんだよ」。
これが今でもとてもお世話になっているお隣さんとの出会いだ。人との関わりを持って暮らしたいと思っていた私にこの出会い、この言葉はここで暮らす決心をさせたのだった。

土地の契約の前に、住環境研究所との契約は既に終わり、総予算の確認、おおよそのプランなど打合せが始まっていた。

家づくりに当たり、我々がどうしてもほしかった部屋がある。家人の「音楽室」だ。それまで住んでいたマンションではピアノが私の寝室の枕元にあった。仕事から帰った家人がピアノを弾き始めるとすぐに私の就寝時間になる。音は出さないが、鍵盤をたたく音、ペダルを踏む音で眠れない。家人が自由にピアノを弾き、私はそれを気にせず眠るために音楽室がほしかった。

雑誌で音楽室を調べると、「地下の音楽室」を紹介しているものがあった。「地下室」。これが実現できないだろうか。

予算が厳しいことはわかっていたが、恐る恐る「地下室」を切り出してみた。「土地の形が特殊なのでおもしろいかもしれませんね。基礎の部分が部屋になる半地下みたいな形で。地下室はやったことがありませんが調べてみましょう」。意外にも良い反応。うれしくなる。

しばらくして地下室を含んだ最初の案が出て来た。軒の深い片流れの屋根の下に、広いベランダ、四角い箱型の家。中は地下の音楽室、1階の吹き抜けのリビング、水回り、2階にそれぞれの個室。この後、お互いに意見を出し合い、紆余曲折はあったが、最終的に一番最初に出たこの案に戻る。テーマは「シンプルな美しさ」となった。

室内はなるべく塗装を少なく、木を見せるように希望した。全てを木にしても良いと思っていたのだ。しかし所長から「少し白が入ると、より木が引き立つ」と説明された。今できあがってこの説明は正しかったと実感している。少しの白い壁が明るく木のやさしさを引き立てている。

冷暖房機器はそのころよく雑誌で取り上げられていたPSを希望。しかし見積もりを取ってみると、とても実現できる価格ではない。他にはこだわりがなかったので、予算を考えるとFFでも良いと思っていた。すると所長から「薪ストーブはいいですよ」と提案された。家人は「薪がたいへんでしょう」と拒否反応を示す。それでも暖房の話になる度に所長は「薪ストーブはいいですよ」と繰り返す。その静かな繰り返しに知らず知らず我々も「薪ストーブ導入」という気持ちになっていった。今からすると薪ストーブは機能面だけでなく、デザイン面でもこの家になくては欠かせないものだと思う。薪ストーブがどっしりリビングに構えているおかげで、この空間が引き締まり、落ち着きを生み出している。

また、照明は空間を考える上でとても重要なものと考えていた。こだわったのはハロゲン。暖かい光を出し、木の床や壁にとてもマッチする。リビングの照明は特に時間をかけて検討した。最初は天井からつり下げるペンダントタイプを提案されたが、器具が目立ちすぎる。器具は目立たない、あることを感じさせないものがいい。そんなとき雑誌で見かけたのがワイヤータイプの照明だった。梁の間にワイヤーを渡し、その間に3つの器具。器具は位置を自由に移動させることができ、ほとんど存在を感じさせない。見積もりも取ると、実現可能な範囲だった。

ショールームを巡り、キッチン、風呂を決めて行った。キッチンはできるだけシンプルなものがいい。家の中の空間の色は木の色、薪ストーブの黒、塗装壁の白、そしてシルバーと決めていたので、キッチンもステンレスのもの、余計の色がないものを検討した。当時フレームキッチンが出始め、雑誌などで紹介されていたが、この地域ではショールームに置いているところは少なかった。TOTOだけがショールームの入り口にフレームキッチンを置いていた。余計なもの、余計な色がない、「シンプルな美しさ」がある。これで決まりだ。

決めていく作業は楽しいが、とても疲れる。その作業も終わり、いよいよ運命の見積もり金額発表。設計を始めてから8ヶ月が経っていた。(敬称略)

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2006年09月07日

どうしてここに(4)

土地を買おうと決めてから赴いたのは、法務局、町役場、県の土木事務所である。法務局へは土地の登記簿謄本をもらいに行った。その土地に抵当権が設定されていないか調べるためだ。そして町役場では水道の状況を聞き、浄化槽の補助の説明などをしてもらった。当時はまだ合併される前で町役場はのんびりした雰囲気。この町内に家を建てようと思う一般市民だというとどの部署でもとても親切にしてくれた。

県の土木事務所へは売り主の不動産屋と我々の不動産屋とともに赴いた。もちろん「都市計画法」云々の確認である。

この土地は市街化調整区域であり本来新規の住宅を建てることはできない。それが線引き前に「宅地」であったことから「市街化調整区域における開発・建築許可基準の緩和」という特別処置が適用される。しかし、実際に家を建てるためにはいくつかの要件を満たしていなくてはならない。

その要件とは地域の要件、土地の要件、建物の要件である。土地は地目が「宅地」であるので問題ない。建物は専用住宅であること、そして大きさなどが決められている。大きさはこれに従って建てればいいのでこちらも大丈夫。問題は地域の要件である。「原則50以上の建物が連たんしている既存集落内」であること。それは我々だけでは判断できるものではなかった。不動産屋を交え、県の確認してもらうことにしたのだ。

県の担当者は不動産屋が準備した資料を確認し、「50戸以上連たんしているので大丈夫でしょう」と言った。一安心。「ただし、この見解は県の担当者の判断であって、今後町が合併し、市になり、市の管轄になればどう判断されるかわかりません。合併する前に確認申請を出した方がよいでしょう」。いかにも役所的発言。要するに「私がいる間は大丈夫だが、私が担当でなくなったら責任持てません」ということだ。

合併するまでには1年ある。とりあえずそれまでに確認申請を出せるようにがんばろうということになった。

役所での確認が終わった後は、不動産屋と水道工事の分担や隣地との境界の処理、側溝もなかったので側溝を誰が作るかなどの確認を行った。水道工事や側溝工事に関しては契約の際の重要事項説明書に別紙として付け加えてもらった。このような確認作業は電話など口頭ではなく、すべてメールで行った。後々、その経過が確認でき、言った、言わない問答がないように文書で残しておきたかったのだ。

不動産屋と確認作業を行う中、借り入れの銀行周りも行った。自己資金をすべて建物に使いたかったため、土地には借り入れ金を使用しようと思っていた。建物は建てている間に「これも加えたい、あれも入れたい」と増える可能性があるので、融通が効くようにしておきたかった。

銀行周りについては省くが一つ言えることは、田舎に家を建てるときは地元の金融機関を利用した方がいいということだ。我々が最初に相談に行ったのは大手都銀だった。「市街化調整区域」と言っただけで、担当者の手帳は閉じられ、「JAでも行かれたらどうですか」ときた。最近になって「当行の住宅ローンはお得です」というチラシが来たりするが、あのときの態度を思うとチラシをそのまま送り返してやろうかという気になる。

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2006年09月06日

どうしてここに(3)

このごろ佐藤愛子の『我が老後』シリーズにはまっている。5冊シリーズで『なんでこうなるの』、『だからこうなるの』、『そして、こうなった』、『それからどうなる』といったタイトルがついている。佐藤愛子の豪快な語り口がとても気持ちがいい。

建築家は決まったが、土地がなかなか決まらない。時間が経つにつれ、行き詰まり、疲れてきた。そんなとき目に留まったのが、「あなたにピッタリの土地を必ず見つけます」という不動産屋のチラシだった。「ほんまやな」と突っ込みたくなるいかにも怪しいコピーだが、行き詰まりを感じていた我々は訪ねてみることにした。

店で待っていたのはハキハキした感じのいい若者だった。希望を伝えると「海の見えるところですね、今から行きましょう」と立ち上がった。住所は聞いたが我々の知らない地名。とりあえず車で後ろをついて行く。これが何とも遠い。まだかまだか。1時間ほど走っただろうか、やっと到着。そこは海は海だが、太平洋だった。我々の考えていた海は湖。太平洋は初めてだ。確かに希望どおりだが、国道からの音がうるさく目の前に怪しいホテルが見える。「もう少し静かなところが。。。」と言うと、「静かなところですね、では行きましょう」。また1時間近くかけて戻り、店で不動産屋の車に乗り換え走る。案内されたのは現在我が家が建っている西隣の土地だった。

「そこに立てばここだ!と直感でわかる」と信じていたが、ここに初めて立ったとき直感はなかった。ただ「静か」という印象だけだった。

その後もしばらく土地巡りを続けたが、その間もここを何回か訪れた。するとだんたんここに来ると何とものんびりと落ち着いた気分になる。「ここかも知れない」、そう思い始めた。

いよいよ土地は2カ所にしぼられた。ここと、もう一つは海(湖)の見える5軒の分譲地だった。どちらがいいか住環境研究所の所長の意見を聞いてみようということになった。所長は快く引き受けてくれた。最初は海の見える分譲地。反応は今ひとつ。何やら計って「うーん」とコメントなし。そしてここ。「あちらより良いけど、ここは他より低くなっているので水はけが心配」。ほとんどここに決めていた私はがっかり。そこで一つ質問。「こちらの土地だったら、どうですか?」と東側の高くなった土地を指差す。「こちらなら水はけは心配ないでしょう、隣の畑も道路に面していないので、将来住宅になる可能性は低い」、そんな答えだったように思う。

何度かこの場所を訪れるうちに紹介された土地の東側(現在我が家が建っているところ)が気になっていた。もしここを買うのだったら、こちらも買えないか聞いてみようと思っていたのだ(実際には予算がないので全く無理)。その足で不動産屋へ趣き、土地が売り出されているか聞いてみた。「もう決まっています」。またまたまたがっかり。「でも、ちょっと待ってください、確認します」。不動産屋が電話をかける。受話器を置き、しばらく待つ。電話が鳴る。話をする。我々の方を向く。「大丈夫です」。

何やら不動産屋間で交渉があり、いきなり大丈夫になってしまった。まだ我々は買うと言った訳でもないのに。「僕は海より山の方がお二人に合うんではないかと思っていました」と不動産屋。「ほんまか?」とまたまた突っ込みたくなる。

土地の詳しい説明を聞くと住宅を建てるのはいくつかクリアするハードルがあった。水道、下水道はもちろんない、一番のネックは「都市計画法」。この法律に定められた条件を満たさなければ家を建てることはできない、期限も決められている。この後もネット検索、役所巡りの日々が続くこととなった。(敬称略)

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2006年09月05日

どうしてここに(2)

こうやってシリーズで書くのは飽き症の私にはかなり難しい。何回まで続くことか。

土地探しはかなり困難を極めた。市街化調整区域の壁である。この地域では街中から車で30分も行けば、畑や田んぼの緑が広がる。緑豊かな土地はすぐに見つかるだろうと思っていた。ところが、そういった土地はほとんどが市街化調整区域、住宅は建てられない。土地があっても土地がないという問題にぶちあたった。

当初家人の希望は海の見える場所。私の希望は緑豊かで静かな場所、具体的な希望はなかった。その場所に立てば「ここだ!」とわかると思っていた。不動産屋周り、ネットで検索する日々が続いた。分譲地や別荘地、中古住宅も見て回った。不動産屋の決まり文句は「ここなら夏○○の花火大会の花火が見えますよ」。一年に1回の花火大会で土地を決める気はない。どうしてどの不動産屋も同じことを言うのか不思議だった。

土地探しと同時に進めたのが建築家探しだ。ハウスメーカーや工務店に頼む気は全くなかった。一緒に悩み、考え、我々も深く関与してつくり上げる、そういう家づくりをしたかった。土地が決まっていない時期に探し始めたのは土地探しからアドバイスをしてもらいたかったためだ。

最初に連絡を取ったのはこの地域では老舗らしい建築家だった。コンクリート造のモダンな家づくりをしている。しかしこれは大失敗だった。我々の目指す一緒に家づくりをするという希望には合わない。少しの話の中からこちらの希望が全てわかったというようにどんどん話を進めていく。このテンポにはついていけない。

次に連絡をとったのが、住環境研究所。私が理想としていたのはやさしさのある木の家。住環境研究所のサイトを見て、理想のイメージに合うこと、そしてクオリティとデザイン性の高さに魅かれた。しかし、返事は「今他の仕事で手一杯なので1ヶ月後でなければ会えない」。1ヶ月待てるかどうか。

その間にも土地探しは進み、家人の希望の海のほとりの土地が見つかった。住環境研究所に後ろ髪ひかれつつも、別の建築家に連絡をとった。この建築家は若く、人気も高い。会ってみると人柄も悪くない。話は進み始めた。しかし、私の中では「ここでいいのか、この人でいいのか」という不安があった。

不安は的中した。土地は地盤が悪く改良が必要だ。価格は下げてくれたが、改良費などを考えると予算はかなり厳しくなる。建築家とも相談し、この土地はあきらめることにした。私自身はほっとした。

そうこうしているうちに、住環境研究所に初めて連絡を入れてから1ヶ月がたった。所長から連絡が入り5月の連休中に会うことになった。事務所の隣には所長の自宅がある。この事務所と自宅を見た瞬間、我々の中で建築家探しは終わっていた。ここにお願いしよう。

事務所のドアを開けると想像どおり、あたたかい空間が待っていた。所長は今まで会った2人の建築家とは全く違う雰囲気を持つ。オープンシステムや家づくりの過程の説明が静かに行われ、最後に自宅を見学。こういうやさしい家で暮らしたい、自分たちの暮らしが想像できる空間だった。こうして建築家が決まり、この日が本当の家づくりのスタートとなった。(敬称略)

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どうしてここに(1)

最近、犬のブログになっているので、ここらへんで少し家の話をしよう。

今日「なぜここに家を建てたのか、ここでどんな生活をしたかったのか」というテーマで文章を書くという宿題をもらった。実際に提出するものは家人に任せようと思うが、私なりにここで書いてみようと思う。

私がこの街にやってきたのは小学校へ入る1年ほど前だった。それまで住んでいた大阪は記憶にうっすら残る程度だが、田舎で畑や田んぼに囲まれたところだった。家は平屋だったが、庭も広かった。夕方母や姉と田んぼのれんげを見ながら、散歩をするのが好きだったように思う。ところが、こちらへ越して来て住むことになったのは街のど真ん中。アスファルトの道路に囲まれ緑はなく、家には土の庭もなかった。周りは車の音やカラオケ、人の話し声など、人工音がうるさい。とにかく静かなところに住みたい、自然の緑に囲まれたところに住みたいというのが夢となった。

自然へのあこがれは強かった。会社勤めをやめたのも、オフィスの中にいると外で雨が降ってるのか、お日様が照っているのか、暖かいのか、寒いのか全く感じられない、そんな自然の空気が感じられない生活がとてもストレスになったからだった。

結婚をして住んだのは10階建てのマンションだった。実家ほどうるさくはないが、敷地内を新幹線が通っていた。そして今度大きなストレスになったのは人との関わり合いがないこと。自分の部屋以外はどんな人が住んでいるのかも知らない、町内の人とも全く関わりはない。道で人に会っても知らない人ばかり。挨拶もしない、話もしない。そんな人との関わりのなさがしんどくなった。

家を建てようと決めたとき、このストレスを解消できる場所を探すことが最初の課題となった。自然に囲まれた場所、車やカラオケなどの人工音のない場所、そして人との関わりを持てる場所。これからの生活を決める土地探し。安易に妥協はできなかった。

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2006年04月20日

登記事項証明書

建物の登記が終わったので、登記事項証明書をもらうために法務局を訪れた。この登記事項証明書はいろいろな手続きに必要なのだが、普通は保存登記してもらった司法書士についでにお願いするらしい。しかし、お願いすると証明書の代金の他に1つずつ手数料を取られる。自分で取りに行けるものを別にお願いすることもあるまいと自分の足で行くことにした。

法務局を訪れるのは初めてではない。土地を購入する前にその土地の謄本をもらいに行った。抵当権などがついていないか確認するためだ。その後、市町村合併があったため、法務局が移転になった。以前は狭い場所に書類の山とスタッフ、そして謄本などをもらう人とごちゃごちゃしていたが、移転し街中のオフィスビル、広々としたスペースになっていた。

意外と混雑しており、法律関係、銀行関係の人だろうかスーツを来た人がたくさんいた。「法務局」という名前からもお固いイメージがあるが、とても開けていて市役所などよりなごやか感じ。受付で書類を提出し、交付までに時間がかかるようなら、途中で「登記簿が見つからなくて、ごめんさないね」などと声をかけてもくれる。私はあまり時間もかからず無事登記事項証明書をもらうことができた。

家を建てるというのは実際の建物を建てるということ以外、法律上、税務上など様々な手続きが必要だ。当然のことながらわからいことだらけ。自分で調べようとするが、何をどう調べたらいいかもわからない、役所からもらう書類などに書いている言葉がわからない。今回は表示登記を行ってくれた土地家屋調査士の方にとてもお世話になった。言葉の説明から、どういう手順で何を用意すればいいのかを丁寧に教えていただいた。とても助かりました。

これで手続きも一段落。後は荷物の整理だけだ。引っ越し後、未だに発見されないものがある。ハサミ、エプロン、靴下、本など。段ボールはすべて片付けたのだが、どこにまぎれているのだろうか。

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2006年02月17日

キッチンへのこだわり

家づくりの楽しみの一つはキッチンである。どんなキッチンで、どんな道具を用意するのか考えるのは楽しい。

私のあこがれは日本の昔のキッチンというか台所であった。システムキッチンのように扉や引き出しで覆われているのではなく、使いこまれた鍋釜が並び、よく手入れされた包丁やまな板が置かれている。使い道の広い竹籠やざるがあり、お茶碗や湯のみがふせれられている。

最初はキッチンはオーダー、制作を考えていた。自分でおおまかな絵を書いて、見積もりを出してもらった。しかし、出てきた金額はあきらめざるを得ないものだった。

そこで考えたのがフレームキッチン。ちょうどそのころ、TOTOのフレームキッチンナショナルのアイデコなどが登場し注目されだしてきていた。私が選んだのは一番シンプルなTOTOのフレームキッチン。基本はコンロと流しのみ、コンロや流しの下はエレクターなど自分で後から選べばいいと思った。

完成が近づき、最近キッチンにそろえる道具を選んでいる。参考にしているのが『ニッポンキッチン』と『一生使える道具を選ぶ。ていねいに、くらす』。キッチンの道具も家具同様、長く使えてできれば修理のできるものをと考えている。この2冊には日本の昔の台所で使われていた道具が紹介されている。かまどさんも『ニッポンキッチン』で出会った。

ていねいに、くらす』の方は読み物としてもおもしろい。巻頭は向田和子氏の「姉 向田邦子から引き継いだ道具」。向田邦子の本を手に取りたくなった。

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2006年02月04日

未晒し蜜ロウワックス

昨日、未晒し蜜ロウワックスがやってきた。恥ずかしながら何と読むのだろうと疑問に思いつつも調べず、缶の模様と文字の形だけで覚えていた。読み方は「みざらしミツロウワックス」である。

納品書もこんなおしゃれな封筒に入って届く。

原料は国産の無漂白の蜜ロウと無農薬の一番搾りの荏胡麻油のみ。安全性の高い、木の呼吸を妨げず自然な艶を与えるワックスとして広く紹介されている。驚いたことにメーカーの奥様は手があれたときに塗っているとか。

塗り方も車洗い用のスポンジで塗り、その上から乾拭きするのみ。一回塗りでよく、初心者、そして塗る範囲がとてもたくさんな我々にはちょうどよいかと。販売の処理もとても早くて「注文します」メールを出すと、その日のうちに発送してくれ、翌日午前中には届く。今回1L缶を頼んだが、もし足りなくなれば、すぐ追加分が頼める。

これで杉板の床、クリ、ケヤキのテーブルなど塗ろうと思う。楽といっても普段慣れない作業。筋肉痛が予想される。

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2006年02月03日

小浦昇 エッチング

私には一つ宝物がある。それは小浦昇のエッチングである。小浦昇のエッチングに初めて出会ったのは昔よく通っていたギャラリー。一目惚れだった。それから小浦先生の作品が入ったと聞けば飛んで行き、じっと眺めていた。高価なので、いくつも買えるわけではなかったが、これは数少ないコレクションの一つ、一番のお気に入りである。

買ったのはいつも訪れるギャラリーではなく、小倉の百貨店。何年か前、生まれた家を見る一人ツアで山口を訪れた際、小倉まで足をのばし、そこで立ち寄った百貨店のギャラリーで偶然見つけた。当時はインターネットショッピングなどもなく、小浦先生の作品を置いている店もほとんどなく、この出会いは奇跡に近かった。迷うことなく購入、帰ってきてマッティング、フレームに入れてもらった。

その後もちょこちょことギャラリーを訪れていたが、ある日、ギャラリーの奥さんが言った「自分の部屋が小浦先生の作品に囲まれてるってすてきですよね」。それから自分の家を建てたら小浦先生の作品を飾ることが一つの夢になった。あれから10数年、やっと夢がかないそうだ。

最近、小浦先生の画集でも出ていないかとアマゾンで「小浦昇」と検索してみた。それで見つけたのが絵本「赤い月の物語」。「青い月」もあるそうなのだが、そちらは品切れだった。小浦作品と言えば「青い月」なのだが。

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